FOREST PLAY COLUMN

ブナは、標高350メートルで現れる

— 南昌山樹木観察のまとめ(その1)

南昌山・矢巾温泉(250m)から山頂(848m)まで。歩きながら書きとめた広葉樹60種の「出てきた順番」には、森が入れ替わっていく順序が、そのまま刻まれていました。

2026年6月27日、「大人のあかばやし探検隊:南昌山登山と樹木観察」。登山口の矢巾温泉から山頂まで、出会った広葉樹を出会った順に書きとめていきました。結果は59種。のちに写真を見返してマタタビが加わり、全部で60種になりました。けれど面白かったのは、60という数そのものより、どんな順番で出てきたかのほうでした。

リストを上から下へ眺めていくと、森が入れ替わっていく音が聞こえてきます。前半はケヤキ、ヤマグワ、オニグルミ、ニセアカシア、クリ、コナラ。人里のにおいのする顔ぶれです。後半になるとブナ、ミズナラ、ウダイカンバ、オオカメノキ、マンサク。冷たい山の森の顔ぶれに変わります。同じ日の、同じ一本の道の上での話です。

地形図に重ねた当日のGPSログ。右の矢巾温泉から西へ林道をたどり、沢を詰めて左上の南昌山の山頂へ至る。標高が上がるにつれて赤から黄、緑、水色、青へと色が変わっている。
当日のルート。右端の矢巾温泉(標高250m)から、色が赤→黄→緑→青と変わりながら南昌山の山頂(848m)へ。/図をクリック(タップ)すると原寸で開きます。

598メートルを、ゆっくり登る

南昌山は、矢巾町と紫波町にまたがる標高848メートルの山です。東根山、箱ヶ森とならんで「志波三山」と呼ばれます。鐘を伏せたような整った姿をしていて、古くから雨乞いの山として信仰を集めてきました。山頂近くには青龍大権現が祀られています。

登山口の矢巾温泉は標高250メートル。そこから林道をたどり、沢を渡り、最後はつづら折りの急斜面を登って山頂に出ます。標高差は598メートル。数字だけ見れば、半日の行程です。

新緑の木立のあいだを一列になって歩く参加者たち。右手は苔むした擁壁、足もとは砂利の林道。
下部の林道。ここはまだ「里の森」の顔をしています。

ただし、樹木を記録しながら歩くと、この598メートルはまったく別の長さに感じられます。名前を書きとめるたびに足が止まり、5分前には無かったものが目の前に現れる。歩いているのは山道ですが、同時に、気候のグラデーションの上を移動しているのです。

森は4回、入れ替わった

60種を標高帯ごとに整理すると、森はおおよそ4つの顔に分かれました。

標高帯森の性格推定樹種数顔になる木
250〜350m山麓二次林・里山林約18種アブラチャン、コナラ、ヤマハンノキ、ケヤキ、オニグルミ
350〜500mブナ混交移行帯約30種ブナ、ミズナラ、ホオノキ、ハリギリ、オヒョウ
500〜650mブナ−ミズナラ優勢帯約36種ブナ、ミズナラ、カツラ、シナノキ、ヤマボウシ
650〜848m山頂部ブナ林約20種ブナ、ミズナラ、ウダイカンバ、オオカメノキ、マンサク

※ 樹種数は、観察記録と一般的な生態から推定した概数です。毎木調査の結果ではありません。

南昌山の広葉樹の高度分布模式図。左に4つの植生帯と推定樹種数、中央に主要11種の高度分布レンジ図、右に高度帯ごとの読み取りがまとめられている。
当日記録した59種と、個体数・出現標高の分かっている11種をもとにした高度分布模式図。あとから加わったマタタビは、この図には入っていません。/図をクリック(タップ)すると原寸で開きます。

ブナのスイッチは、350メートルで入った

この日いちばん印象に残ったのが、ブナの現れかたでした。標高350メートルあたりから、ぽつりぽつりとブナが混じりはじめる。400メートルを過ぎるとミズナラが増えてくる。山頂は848メートルですから、山の高さの半分にも満たないところで、もう冷温帯の森の主役が顔を出していることになります。

なぜ、こんなに低いところからブナが出てくるのか。考えられる理由はいくつか重なっています。

  • 南昌山は奥羽山脈の東のへりに位置し、冬の季節風がぶつかって雪が多く、夏も比較的涼しい。
  • 登山道が沢筋に沿っていて、谷底には冷たい空気がたまりやすい。冷気は坂を流れ下るので、沢沿いでは「標高が下駄を履く」ことになる。
  • 雪が遅くまで残る場所では、地面の乾きにくさがそのままブナの好む条件になる。

標高848メートルという数字だけを見れば、南昌山は高い山ではありません。それでも山頂はブナの森になり、ふもとから1時間ほど登っただけでその入口に届いてしまう。低いのに、山地の森を持っている——これが南昌山のいちばんの個性だと思います。

いちばん種類が多いのは、中腹だった

推定樹種数をもう一度見てください。山麓が約18種、中腹が約30種と約36種、山頂部が約20種。もっとも賑やかなのは、ふもとでも頂上でもなく、そのあいだでした。

理由はたぶんシンプルです。中腹は、下から来た顔ぶれがまだ残っていて、上の顔ぶれが入りはじめている場所だから。コナラやアブラチャンがまだ元気なところへ、ブナやミズナラ、ホオノキ、ハリギリが加わる。重なった分だけ、種類が増えるのです。

植生の境目は、線ではなく、幅のある帯です。こういう重なりの帯を「移行帯」と呼びます。考えてみると、これは森にかぎった話ではありません。海と陸のあいだの干潟、田んぼと林のあいだの畦、川と岸のあいだの河原。境目には、いつも両方が居る。そして、たいてい境目がいちばん賑やかです。

標高だけでは決まらない——もう一本の軸

高度分布の図はきれいに整理されていますが、現地を歩くと、標高だけでは説明のつかないことがたくさんあります。いちばん大きいのが沢筋です。

サワグルミ、カツラ、トチノキ、オニグルミ、ハクウンボク。これらは「低い木」でも「高い木」でもありません。水が近く、土が深く、空気が冷たく湿っている場所を選ぶ木たちです。だから同じ標高250メートルでも、尾根の上と沢の底ではまったく違う森が成り立ちます。

サワグルミが広い標高範囲でずっと見られたことは、この日のルートが沢や湿った斜面に寄り添いながら上がっていたことの裏返しでもあります。森を読むには、等高線のほかに水の線も重ねなければいけない、ということです。

森に残った、人の手のあと

もうひとつ、標高では説明できないものがあります。人の歴史です。

今回いちばん目立った木はアブラチャンでした。林道沿いに、標高500メートル付近まで数えきれないほど。これは「アブラチャンが低山の木だから」というより、林道を切り開き、木を伐り、下草を刈ったあとにできた明るい林縁を、この木が上手に使っていると読むほうが自然でしょう。

ヤマハンノキが600メートル付近まで多いのも気になります。ヤマハンノキは崩れた斜面や法面にいち早く入る木で、治山工事で植えられることもあります。もし列をつくって並んでいたり、同じ太さの木がまとまって生えていたりすれば、それは植えられたサインかもしれません。

そこへニセアカシア、コウゾ、ヤマグワ、クリが加わります。薪や炭をとった林、紙をすくためのコウゾ、蚕を飼うためのクワ。樹種リストは気候の記録であると同時に、土地利用の記録でもある——そう考えると、60種の並びはいっそう面白くなります。

オヒョウは、どこから来たのか

この日、標高400メートル付近でオヒョウが見つかりました。ニレの仲間で、この地域ではなかなかお目にかかれない木です。先端が3つに裂ける独特の葉を持っています。

なぜここに、という問いに対して、考えられる筋は2つあります。ひとつは、上のほうから種が流れてきたという説。オヒョウの実は薄い翼を持っていて、風にも水にも乗ります。沢を流れ下って、たまたまここで止まった。

もうひとつは、ここがたまたまオヒョウに合っていたという説。冷たくて湿っていて、土が深く肥えた場所。オヒョウはそういう立地を好みます。

じつは、このふたつは対立しません。種が届くことと、届いた先で育てることは、別の条件だからです。種は風まかせでも、定着は場所まかせではない。次にオヒョウを見つけたら、まわりにサワグルミやカツラ、トチノキがいるかどうかを見てください。いれば、そこは「オヒョウが育てる場所」です。

南昌山の標高別植生表。4つの標高帯と、沢沿い・湿潤地、総合的な見方の6行で、主な出現樹種とその帯の特徴がまとめられている。
標高別に整理した植生表。沢沿い・湿潤地を独立した一行として扱っているのがポイントです。/表をクリック(タップ)すると原寸で開きます。

この図は、答えではなく問いです

ここまで見てきた2枚の図は、ChatGPTと対話しながら作ったものです。正直に書いておくと、これは推定を含む模式図であって、調査の結果ではありません。

もとになっているのは「出てきた順番」と、11種についての「このあたりから増えた」という感触です。つまり、何メートル地点で何を見たかという実測値は、まだありません。図のなかの境界線は、観察と一般的な生態から引いた仮の線です。

それでも図にする意味はある、と思っています。曖昧な感触を一度かたちにすると、どこが曖昧なのかがはっきりするからです。次に同じ山を登るときは、こうしたい。

  • GPSのログと樹種の記録を、時刻で突き合わせる。
  • 「初めて見た地点」の標高を、種ごとに1つだけでいいから残す。
  • 尾根筋か沢筋か、林道沿いか林内か、ひとことメモを添える。

それだけで、この模式図は観察記録に変わります。推定が消えた図は、きっともっと面白いはずです。

南昌山の山頂の展望デッキに並ぶ参加者たち。背後には雲の低い空と、はるかに広がる盛岡南部の平野が見えている。
山頂にて。見下ろしているのは、さっきまで歩いてきた森です。

山頂に立つと、登ってきた森がそのまま足もとに広がっています。あの濃い緑のあたりがブナで、その下の明るい緑がコナラで、黒っぽい筋が沢。60種の名前を全部覚えて帰る必要はありません。「ここから森が変わった」という感覚が、ひとつでも体に残っていれば、それで十分だと思います。

つづき:その2は10月27日(火)に

次回は、この60種を葉っぱから見分ける話です。4つの質問だけで、はじめての葉でも置き場所が決まります。12種の葉の形を並べた図つき。もうしばらくお待ちください。

つづき:その2

この60種を葉っぱから見分ける話です。4つの質問だけで、はじめての葉でも置き場所が決まります。12種の葉の形を並べた図つき。

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